最高裁判所第一小法廷 事件番号不詳〔1〕 判決
右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和四〇年一二月二二日東京高等裁判所の言渡した判決に対し各被告人から上告の申立があつたので当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人戸沢重雄、同福島幸夫の上告趣意は、判例違反をいうが、原判決はなんら所論引用の各判例と相反する判断をしているものとは認められないから、所論は理由がない。
よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)
上告趣意書
法人税法違反 被告人 東亜興行株式会社
右代表者代表取締役 高橋康友
同 同 高橋康友
同 同 横山勇
弁護人戸沢重雄、同福島幸夫の上告趣意(昭和四一年八月九日付)
原判決は、高等裁判所の判例と相反する判断をした。
事実の認定は証拠によるべきであるが、証拠によつて認定した事実に基いてなされた推認も、結局証拠に基いてなされた認定であつて、採証の法則に違反するものではないとすること判例である。
しかしながら、かかる推認は、経験上および論理上の法則に照らして合理的でなければならない。この原則は証拠法則上当然のことであり、幾多の高等裁判所の判例により確立されているところである。左にその判例を摘示する。
昭和二四年(を)新第三五三四号、同二五年三月二日東京高等裁判所第四刑事部判決
昭和二八年(う)第二四四〇号、同二九年六月二二日東京高等裁判所第一刑事部判決
昭和三一年(う)第八六〇号、第八六一号、同年一〇月二二日名古屋高等裁判所第五部判決
昭和三一年(う)第三三五号、同年一〇月三一日仙台高等裁判所第一刑事部判決
原判決は、本件第一審判決認定の被告会社における法人税逋脱額が間接証拠による推認であり、その推認が合理性を欠くものであるに拘らず、これを全面的に認容することにより前掲各高等裁判所の判例と相反する判断をしたものである。
第一、第一審判決が、本件起訴にかかる被告会社の昭和三二年及び昭和三三年各事業年度における映画館の入場料収入並びにキヤバレー・ホールオデオン及びバー・ベベの売上収入について、映画館の入場料について三〇%、ホールオデオン及びバー・ベベの売上について各三五%の収入脱漏があつたものとして当該事業年度の被告会社の実際所得金額及びその法人税の逋脱額を認定したことは、原判決もこれを肯認するところである。
(原判決十枚目裏)
原判決は「右認定にあたつては適法な証拠調を経た各資料を基にしこれらの証拠を総合して事実を認定したものであつて単なる推定によつたものでないことは原判決(第一審判決)挙示の証拠に徴し明らかである。」を判示した。しかしながら前記三〇%及び三五%の収入脱漏比率もまた、本件起訴にかかる被告会社の各事業年度の実際所得金額及び法人税逋脱額を推認するひとつの間接事実であつて、他に右金額を直接に認むるに足る直接の証拠はないのであるから、第一審判決認定の犯罪事実が、間接証拠による推認であることは否定できない。その認定が、合理的なものであるかどうかは、詳細に検討せらるべきである。
第二、原審弁護人は、控訴趣意書において次のような理由を挙げて第一審判決の推認は合理性を欠くものであると主張した。
一、押収にかかる被告人横山勇の懐中手帳の記載と同被告人の検察官に対する供述調書の記載により本件収入の脱漏率を推認するのは不合理である。(昭和四〇年二月二十六日付弁護人戸沢重雄、同福島幸夫の控訴趣意書第一の三の(一)及び(二)参照)
二、検察官主張の本件脱漏率(第一審判決認定の脱漏率)と税務当局算定のそれとの間に著しい差異が認められる事実は、第一審判決認定の脱漏率の推認が合理性を欠くことの有力な証左である。(前記控訴趣意書第一の三の(三)参照)
三、第一審判決認定の犯罪事実の計数上の基礎とされた検察官提出の修正損益計算書中B/S(バランスシート)との不突合額という勘定科目があることは、脱漏率の認定が合理性を欠くことの証左である。(前記控訴趣意書第一の三の(四)参照)
四、被告会社の入場料収入及び売上収入の脱漏は、年間を通じて毎日行われたとの推認の合理性は、これを否定せざるを得ない。(前記控訴趣意書第二の三参照)
第三、(一) 原判決は、前記控訴趣意書第一の三の(一)及び(二)の論旨について、押収にかかる被告人横山の手帳の記載により算出された収入脱漏率が起訴にかかる各事業年度より後の年度の昭和三四年一〇月分及び翌一一月一日から同月一七日までの短期間に関するものであることを認めながら、第一審判決が認定した脱漏率は、右資料により認められる収入脱漏率を下廻るものであり、又被告人横山の検察官に対する昭和三六年六月二三日付供述調書の記載だけからも直接起訴にかかる各事業年度についての判示脱漏率を是認するに足り、右供述調書の信用性も十分認められるとし第一審判決の認定は合理性があると判示した。
しかしながら、本論旨に対する原判決の判断が正しいとしても、前記控訴趣意書第一の三の(三)、(四)、及び第二の三の各論旨について首肯するに足る解明が行われない限り、第一審判決の犯罪事実の認定が合理性において欠くるところなしということはできない。
(二) 本件収入脱漏率は、検察官の主張によれば映画館の入場料収入について三〇%、ホールオデオン及びバーベベの売上について各三五%であり、税務当局の認定においては、入場料収入については、昭和三二年及び昭和三三年各事業年度ともに約二一%、売上収入については、昭和三二年事業年度五五%、同三三事業年度五二%であつて、両者の間に著しい差異があることは原判決の認めるところである。
弁護人は、控訴趣意書において「被告会社の営業規模は客観的には一定であり、各事業年度の営業収入も確定している筈である。たとえ、被告会社の営業上の帳簿書類などの資料を欠く場合といえども、本件において税務当局と検察官の利用した資料は同一であつたのであるから脱漏率についても、また、脱漏の金額も両者の調査の結論は、ほぼ近似の数値を示すのが当然である。然るに、両者の間に前記のように大きな差異があることは、原判決採用の脱漏率の推認に合理性がないことの確証である」と主張した。
これに対し原判決は、検察官においてあらたに被告会社の別口の裏預金を発見したこと、税務当局は右脱漏率につき主として被告人高橋の供述によつたに反し検察官はこの点に関する被告人横山の供述をより正しいとみてこれにしたがつたとみられること等からくるもので、各算定の基礎となる資料ないしこれに対する評価を異にする以上、両者の間に相違があることは当然であると判示した。
しかしながら、検察官においてあらたに被告会社の別口の裏預金を発見したことは、前記の疑問を解明するに足りないことは、前記控訴趣意書で論じたとおりである。また、検察官と税務当局との間において、各算定の基礎となる資料ないしこれに対する評価を異にするとの原判示は、その根拠が不明であつて、これを以て前記弁護人の主張を排斥し、本件脱漏率の認定に合理性ありとすることはできない。
(三) 原判決は、検察官提出の修正損益計算書中に計上されているB/Sとの不突合額について、「もともと表の帳簿関係の取引とは異り、簿外のそれを完全に立証することは不可能なため、自然財産の補足洩れないし経費の究明不十分なものも生ずることになるのでこれらが被告会社の利益のために不突合額として計上されるにいたつたものと認められるから、右科目を計上したからといつて、原判決認定の脱漏率が合理性を欠くということにはならない」と判示した。
しかしながら、第一審第五回公判における証人木村幸二の証言によつても認められるとおり、B/Sとの不突合額は、損益計算書の収入の部が不確実なことによつても生ずることが明らかである。しかも、本件においてB/Sとの不突合額は、
昭和三二年度 一七、八二一、八八一円
同 三三年度 一三、四四八、六七九円
の多額に達するのである。然らば、それを被告会社の利益のため計上すると否とにかかわらず、かかる多額のB/Sとの不突合額の存在そのものが、判示脱漏額の認定の合理性を疑わしむる有力な根拠となるものといわねばならない。原判示は首肯し難い。
(四) 起訴事業年度の収入脱漏について右脱漏が毎日行われたかどうかの点について、原判決は、「厳格な証拠という観点から見れば、必ずしもこれを肯定するに足る確証ありとはいえないかも知れない」としながら、「原判決(第一審判決)認定の収入脱漏の事実は、直接それとは関係なく、前述のように被告人横山の供述調書等によりこれを認めることができる」との理由で弁護人の主張を排斥した。
しかしながら、第一審判決は、被告会社の売上脱漏は、毎日行われたとの事実を確定し、その上に立つて被告会社の判示所得金額及び脱漏額を認定したものであることはこれを否定できない。(第一審判決書十二枚目表八行目以下同裏五行目参照)そして右脱漏が、毎日行われたかどうかの認定が、判示所得金額及び脱漏額に影響するものであることは、第一審第一〇回公判における証人植花武の証言及び同法廷に提出した同証人作成の修正損益計算書によつても明白である。従つて原判決が、第一審判決認定の収入脱漏の事実は、直接それとは関係なく認定できるとしたことは誤りである。
弁護人は、控訴趣意書第二の三の論旨において第一審判決の被告会社の売上脱漏が毎日行われたとの事実の推認が合理性を欠くことの例証として前記植花武作成の修正損益計算書及び預金入金額調査表を挙げ、若し第一審判決の推定計算に合理性が認められるならば、弁護人の右推定計算もまた合理性ありと主張した。原判決は、これに対し何等の判断を示さなかつたが、この点につき十分の検討を期待するものである。
結論
被告人らは、被告会社の売上を一部除外するなどの方法により法人税を逋脱した事実があつたことを自白しているが、起訴にかかる法人税の逋脱額を極力争つているのである。
税法犯において帳簿書類等の客観的資料を欠く場合、所得金額、脱漏額の認定につき推認によらざるを得ないこともあろう。しかしながら、税法犯において、間接事実による推認は、その間に税務当局その他捜査官の経理智識を駆使した数字上の操作を伴なうので、一般の刑法犯におけると異なり極めて複雑な推認過程を経ることを免れない。しかも、その推認の結果が損益計算書に表われた場合において、最も合理的な外形を備えることとなるのであるが、基礎資料の取捨選択、その評価の如何によつては全く異なる損益計算書の作成も可能であることは、本件における検察官及び弁護人の各修正損益計算書が、その例証である。従つて、税法犯における犯罪事実の認定が推認による場合は、被告人をして真に納得せしむるに足らない事例が少くない。
刑事訴訟の証拠法上、間接証拠により犯罪事実を推認することは、その推認が合理的である限り、これを合法であるとする判例に反対するものではないが、近時税法犯について右のような解釈が特にゆるやかに適用される傾向があるように思われる。かかる風潮が、刑事訴訟における証拠の取扱全般に波及する虞れなしとしない。推認における合理性の判断は、最も厳格でなければならないと主張する所以である。
原判決は、間接証拠により犯罪事実を推認し、その推認には幾多の矛盾を含み到底合理的と認め難い第一審判決を容認し、その判断は判例に違反するので破棄せらるべきである。 以上